FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

『僕を支えた母の言葉』

こんばんは♪

今日はお世話になっている汐留サロンの大掃除
一年間の感謝の思いを込めて、杉の床を拭かせて頂きました。
感謝です

2009年の汐留演奏会第一弾は 1月15日(木)18時半~ 2千5百円
『アロマとクリスタルボウル♪』2009年のお一人お一人にあった
パワーアップするアロマスプレーをプレゼントします
ピカピカの杉の床でリラックスしてお聴きくださいませ


今日は素敵な言葉を記します。
マイミクのなつみさんの日記で拝見して、
感動しまして、シェアさせて頂きます。


『僕を支えた母の言葉』

僕が三歳のとき
父が亡くなり

その後は母が
女手ひとつで
僕を育ててくれた

仕事から帰ってきた母は
疲れた顔も見せずに晩ごはんをつくり

晩ごはんを食べた後は
内職をした

毎晩 遅くまでやっていた
母が頑張ってくれていることはよくわかっていた

だけど僕には
不満がいっぱいあった

僕が学校から帰ってきても家には誰もいない

夜は夜で 母は遅くまで内職

そんなに働いているのに
わが家は裕福じゃなかった

遊園地にも
連れて行ってもらえない

ゲームセンターで遊ぶだけの小遣いももらえない

テレビが壊れた時も
半年間 買ってもらえなかった

僕はいつしか
母にきつく当たるようになった

「おい」 とか
「うるせー」 とか
生意気な言葉を吐いた

「ばばあ」 と
呼んだこともあった

それでも母は
こんな僕のために
頑張って働いてくれた

そして
僕にはいつも優しかった

小学校6年のとき
初めて運動会に来てくれた

運動神経が鈍い僕は
かけっこでビリだった

悔しかった

家に帰って母はこう言った
「かけっこの順番なんて
気にしなくていい
おまえは素晴らしいんだから」

だけど僕の悔しさは
ちっともおさまらなかった

僕は学校の勉強も苦手だった
成績も最悪

自分でも劣等感を感じていた

だけど母は
テストの点や通知表を見るたびに
やっぱりこう言った

「大丈夫 おまえは素晴らしいんだから」

僕にはなんの説得力も
感じられなかった

母に食ってかかったこともあった

「何が素晴らしいんだよ!?どうせ俺はダメな人間だよ」

それでも母は
自信満々の笑顔で言った

「いつかわかる時が来るよおまえは素晴らしいんだから」

僕は中学2年生になったころから
仲間たちとタバコを吸うようになった

万引きもした
他の学校の生徒とケンカもした

母は何度も学校や警察に呼び出された

いつも頭を下げて
「ご迷惑をかけて申し訳ありません」
と あやまっていた

ある日のこと

僕は校内で
ちょっとした事件を起こした

母は仕事を抜けて
学校にやって来て
いつものようにあやまった

教頭先生が言った

「お子さんがこんなに“悪い子”になったのは
ご家族にも原因があるのではないでしょうか」

その瞬間 母の表情が変わった

母は 明らかに怒った眼で教頭先生をにらみつけ
きっぱりと言った

「この子は悪い子ではありません」

その迫力に驚いた教頭先生は言葉を失った

母は続けた

「この子のやったことは間違っています
親の私にも責任があります

ですがこの子は
悪い子ではありません」

僕は
思いきりビンタを食らったような
そんな衝撃を受けた

僕は
わいてくる涙を抑えるのに必死だった

母は
こんな僕のことを
本当に素晴らしい人間だと思ってくれていたんだ・・・
あとで隠れて
ひとりで泣いた

翌日から僕は
タバコをやめた

万引きもやめた
仲間たちからも抜けた

その後
中学校を卒業して高校に入ったが
肌が合わなくて中退した

そして仕事に就いた

その時も母はこう言ってくれた

「大丈夫 おまえは素晴らしいんだから」

僕は心に誓った
「これから僕が頑張って
お母さんに楽してもらうぞ」

だけどなかなか仕事を覚えられなくて
よく怒鳴られた

「何度同じことを言わせるんだ!」
「少しは頭を働かせろ!」
「おまえはほんとにダメなやつだな!」

怒鳴られるたびに
落ち込んだけど

そんなとき
僕の心には
母の声が聞こえてきた

「大丈夫 おまえは素晴らしいんだから」

この言葉を何度も噛みしめた

そうすると
元気がわいてきた
勇気もわいてきた

「いつかきっと
僕自身の素晴らしさを証明してお母さんに見せたい」

そうすると考えると
僕はどこまでも頑張れた

仕事を始めて
半年くらい経ったときのこと

仕事を終えて帰ろうとしていたら
社長がとんできて言った

「お母さんが事故にあわれたそうだ
すぐに病院にいきなさい」

病院に着いたとき
母の顔には白い布がかかっていた

僕はわけがわからなくて
何度も「お母さん!」と叫びながら
ただただ泣き続けた

僕のために
身を粉にして働いてくれた母

縫い物の内職をしているときの
母の丸くなった背中を思い出した

母は何を楽しみにして
頑張ってくれてたんだろう?

これから親孝行できると思っていたのに

これから楽させてあげられると思っていたのに

葬式のあとで
親戚から聞いた

母が実の母ではなかったことを

実母は僕を産んだときに
亡くなったらしい

母はそのことをいつか僕に言うつもりだったんだろう

もしそうなったら
僕はこう伝えたかった

「血はつながっていなくても
お母さんは僕のお母さんだよ」

あれから月日が流れ
僕は35歳になった

今 あらためて
母にメッセージを送りたい

お母さん

僕とは
血がつながっていなかったんだね

そんな僕のために
お母さんは
昼も夜も働いてくれたね

そして お母さんはいつも言ってくれた

「おまえは素晴らしいんだから」って

その言葉が
どんなに僕を救ってくれたか
どんなに僕を支えてくれたか

あれから僕なりに成長し
今は結婚して子どももいるよ

規模は小さいけど
会社の社長になって
社員たちと楽しくやっているよ

まだまだ未熟な僕だけど
僕なりに成長してきたと思う

その成長した姿を
お母さんに見せたかったよ

「おまえは素晴らしい」
て言ってくれたお母さん

その言葉は間違っていなかった
っていう証拠を見せたかった

そしてそれを見せられないことが
残念でならなかった

だけど最近 気づいたんだ
お母さんは最初から
僕の素晴らしさを
見てくれてたんだよね

証拠なんてなくても
心の目でちゃんと
見てくれてたんだよね

だってお母さんが
「おまえは素晴らしいんだから」
って言うときは

まったく迷いがなかったから

お母さんの顔は確信に満ちていたから

僕も今
社員たちと接していて
ついつい
その社員の悪いところばかりに
目が行ってしまうことがある

ついつい怒鳴ってしまうこともある

だけどお母さんの言葉を思い出して

心の目で
その社員の素晴らしさを見直すようにしているんだ


そして心を込めて言うようにしている
「きみは素晴らしい」って

おかげで
社員たちともいい関係を築け
楽しく仕事をしているよ

これもお母さんのおかげです

お母さん

血はつながっていなくても
僕の本当のお母さん

ありがとう



どんな人に会っても「あなたは素晴らしい」と
  言える人になります。
  素敵な言葉をありがとう  麻実
スポンサーサイト

コメントの投稿

Secret
(非公開コメント受付中)

プロフィール

波音アーティスト麻実♪

Author:波音アーティスト麻実♪
メーカーにて役員秘書や人事採用担当として13年間就業。
2007年1月 株式会社LE'MURIAN を設立。代表取締役社長
2007年9月 『Crystal Bowl Spiral』
2009年3月『Golden Gate-光の扉-』
クリスタルボウルCDリリース。
帝国ホテルやリッツカールトン東京での
演奏、クリスタルボウル奏者養成スクール講師。
 『一人ひとりの心の平和が世界を平和にする』
をモットーに日本各地で演奏活動を続けている。

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
FC2カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。